歴史上の偉人 ファーブル

5月 6th, 2009 by akanetyan

ファーブルは家が貧しかったので、いなかのおじいさんの所へ預けられました。そこには自然が、いっぱいありました。
ファーブルは不思議に思ったら、無料出会いがないと気がすまない子供でした。小学校にあがると両親のもとにもどりました。そして、15歳のころはレモンなどを売って1人で生活していました。
ファーブルは16歳の時、試験を受け、しはん学校に1番の成績で入学しました。その後、夢がかない、高額逆援助の先生になりました。やがて、コルシカ島の中学校の先生となりました。ひまを見つけては昆虫や植物の研究を熱心にしました。
やがて、フランスのコルシカ島に植物の調査にやってきた、モカン・タンドン教授に、昆虫学者になりなさいと、すすめられました。そして、レオン・デューフルという人の、ハチの研究論文を読んでいて不思議に思いました。「タマムシツキバチの針は獲物を腐らせない。防腐剤が入っているのだろうか?」ファーブルは熱心に観察しました。何度も何度も調査した結果、「防腐剤ではない。獲物の神経を麻痺させていて、生きたままにしているから腐らないのだ。」ということが解かりました。

歴史上の偉人 ジェンナー

4月 28th, 2009 by akanetyan

イギリスに生まれたジェンナーは、ロンドンで医学を学びました。「牛の天然とう(病原体によっておこる急性伝染病。発疹ができ高い熱を出す。今はこの病気はなくなった。)に、かかった人は、童貞の天然痘には、ならない」ことから、種痘法を発見、天然痘の予防に成功しました。
ジェンナーは5歳の時両親をなくし、その後は兄に育てられました。そして、13歳の時医者になろうと決心をしました。薬剤師と医者をやっていたルドロ先生に医学を学びました。
天然痘は16世紀頃から流行した、死亡率の高い病気でした。死なずにすんでも、あばたが残ってしまいます。
21歳の時ロンドンで、さらに医学を学びました。医者で自然学者のジョンハンター博士の、実験を大切にする考えに感心させられました。天然痘が流行しているのに、牧場の乳しぼりの女性には、あまりうつらない。ジェンナーは村人たちの調査を重ねました。数々の調べでジェンナーは確信を得ました。後は実験をして確かめるだけでした。

歴史上の偉人 ノーベル

4月 23rd, 2009 by akanetyan

アルフレッド・ノーベルはスェーデンで生まれ、ロシアやアメリカで勉強した後の、1867年、ダイナマイトを発明しました。また、有名なノーベル賞の生みの親でもあります。
ノーベルは、父が経営する出会い工場で19歳頃から働きました。その後、父の工場はつぶれてしまいましたが、盛んな工業のため、鉱山で働くセフレは、毎日、大変な苦労をしていました。 強い爆薬で爆破すれば、「みんな楽になるのに」と思ったノーベルは、弟といっしょに高性能火薬を作りはじめました。ところがその火薬は振動に弱く、自分の作った火薬は弟の命を奪ってしまいました。
ダイナマイトの発明でノーベルは大金持ちになりました。しかし、同時にこの火薬は、戦争につかわれ、たくさんの人の命が奪われてしまいました。
これをなげいたノーベルは自分の遺産をもとにノーベル賞を作るよう遺言しました。